[孤島]
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『時をかける少女』(監督:細田守)
時をかける少女

先週、『時をかける少女』(監督:細田守)を観てきた。評判が良かったらしく、再上映。前の上映は見逃したので、ちょうどよかった。
(以下、ネタばれあり。)




高校三年の真琴は、ひょんなことからタイムリープを思うがままにできる超能力をゲット。タイムリープとは、今の時間と空間を跳躍(リープ)して別の時間・空間に行く能力のこと。なにか問題があれば、時間をリセットして、そこから再びスタートすることができるのだ。

ところが世の中、往々にして、そうはうまくいかない。例えば調理実習のとき、真琴は自分のドジをタイムリープによって男生徒に負わせる。真琴の予想どおりの進展だ。でも身代わりにされたら男生徒は散々からかわれて、そしてキレてとんでもないことが起こってしまう。
タイムリープにより当初は真琴の思いどおりのことが起きたが、多くの人数(や自然や動物など)が相互に関わる複雑性の高いケースでは、リスタート以降は何が起きるか分からないのだ。

こうして他者たちとの相互作用のなかに、真琴が巻き込まれるのだ。
アニメ版『時をかける少女』が、私小説的モノローグとか、「きみとぼく」の「セカイ系」でないゆえん。
(ちなみに、「セカイ系」は青春ハレークイン風メロドラマのこと。)

  宮台真司:「感情のポリティクス」が横行する背景に、「セカイ系」の人々が量産される現実があることを書きました


真琴はタイムリープを、けっこうつまらないものに濫用する。例えば、妹が横取りしたプリンを取り戻すこととかに。
一般に誰でも人生の分岐点で「あの時、こうしたら良かったのに……」と後悔することがあると思うのだが、そういう時にこそタイムリープを使って……
というのは人生で失敗ばかりしてきた私のような人間の言うセリフ。それじゃ重すぎる。もっと軽快に、ありそうもない話なので御伽噺のように、そしてドタバタ風に。

そう、このアニメは青春ものの定番(?)、ドタバタ劇なのだ。つまりこの年代はカオティックで、生き方が不器用なので、どうしてもドタバタの様相になる。逆に予定調和で器用で「きみとぼく」の青春ものは、往々にしてつまらない。

エンディングのところで、千昭が真琴に「未来にこい」(だったかな?)と告げるシーンがある。未来からやって来た人間と現在の人間との時を超えた相思相愛、いいですね~、と思ったのだけど、さて真琴はどうしたら未来に行けるのか、ちょっと疑問をおぼえた。
その他もこういう設定はどうのなのかなと思ったこともあったが、でも面白かった。

     *

22日、山形県の高校で女子高生が飛び降り自殺をはかった。
この高校の旧校舎は、映画『スウィング・ガールズ』(監督:矢口史靖、主演:上野樹里)のロケとして使われ、彼女も吹奏楽部でクラリネットを吹く“スウィングガール”だったらしい。

  5号館のつぶやき:スウィング・ガールの死

映画「スウィング・ガールズ」を見た時、これが若者だなあと思ったものですが、そこには描き切れなかった苦しさもまた若者が持っているものなのだと思います。


『スウィング・ガールズ』もドタバタ劇だった。そして、終わり良ければすべて良し、でハッピーエンド。
でもこの女子高校生は、きっと生きることに不器用なのだったろう。
この事件と映画とは直接関係はないけど、なんだかやりきれない感じがする。




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テーマ:アニメ - ジャンル:映画

輪廻転生
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(2006/11/06)
新潮社
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江原啓之が編集長を担当した「新潮45」の別冊。 講演会でのCDもついてくる。


コアになる輪廻転生は、べつの用語で親鸞も説いてる。つまり死んで浄土にいく「往相回向」と、そして現世に還ってくる「還相回向」の二つの回向(えこう)のこと。衆生救済のために、この現世(娑婆)にかえってくるのだ。
じっさい親鸞は、自分のことを聖徳太子の生まれかわりだと思っていたらしい。
ところが浄土真宗では、如来のもとにいく「往相回向」のことしか説いてない。まるで還相回向は禁句みたい。
もしあの世に行きっぱなしで、もうこの世に還ってこれないなら、とにかくこの世で刹那的に楽しんだり儲けたらそれでいいというニヒリズムや現世利益につながっていく。
そして、まるでキリスト教(とくにプロテスタント)みたいに「私は罪人です」を前面にたてた悪人正機でやっているので、なんとなく浄土真宗の人気が落ち目なのもわかる。これじゃ現世利益に執着・特化する創価ガッカイにかなわない。
たぶん浄土真宗も葬式仏教で食えるから、それでいいのだろうけど。


この雑誌の「江原啓之、山谷のホスピスに行く」はおもしろかった。江原さんもホスピスをやろうと思っていたのだ。大我の道を行く。それと、やはり「死」は避けて通れない道だ。
忍路ストーン・サークル
忍路マップ2
忍路(おしょろ)ストーン・サークルに行ってきた。実はこれがはじめて。
車がなくても、またタクシーに乗らなくても、バスでじゅうぶん行けることがわかった。


忍路マップ


(1) 忍路小学校前で降車
忍路小学校

小樽から余市・蘭越方面のバスに乗り、忍路小学校前で降りる。


(2) 忍路ストーン・サークル(忍路環状列石)
忍路環状列石忍路ストーンサークル
忍路ストーンサークル

もっと遠くにあると思いながら狭い農道を歩いてると、農地とはちょっと違う空間があり、「忍路環状列石」の表示板が目に入った。写真では何度も見てきた風景だけど、「ここが? ふ~ん、これがそうなんだぁ~」という感じでした。
外側の環と内側の環とがあり、パンフレットによると長径33m・短径22mの楕円で、4,000~3,500年前に作られたもの。


(3) 地鎮山ストーン・サークル(地鎮山環状列石)
地鎮山ストーンサークル
地鎮山ストーンサークル地鎮山ストーンサークル

忍路環状列石から徒歩10分(?)、農道から山を登って着いたところに地鎮山環状列石があった。
忍路環状列石よりもサイズが小さく(10m)、石の数(12個)も少ない。
でもこっちの方が、頂上の林のなかにあるので、ロケーションとしてはそれらしいと思った。
枯葉がカサカサ鳴っていた。しばし至福のとき。ちょっと農家のトラクターの音がうるさかったけど。


ところで、ストーン・サークルに来て、なにか霊感やインスピレーションや不思議な体験があったっとか石と会話とできるとか、もしそういうことができたら……、と思ってたけど、そうは問屋がおろさなかった。やっぱり、それなりの知識をもち、修行をつんで、そしてスピリチャルな心をもってないと。
このへんところは、ドーン・M・クレア(Dawn Marie Clare)という考古学者(と同時にサウンド・ヒーラーで催眠術療法士でもある)が書いた、
「ストーンサークルと会話して(Communicating With a Stone Circle)」
http://www.newagetravel.com/clare.shtml

というのが参考になる。もちろん、そういうのが好きな人には。
いちおう、彼女が英国のストーンサークルに行ったときの、不思議な体験が書かれてます。
以下はその抄訳&ヘタ訳。

……。私が祈ったときどうして石に手を触れたのか分かりませんが、さわったとき軽い眩暈のようなものを感じました。 「石」と「祈り」のコンビネーションは私を瞑想状態に入らせ、ストーンサークルの入り口に方向を取ってゆっくりと歩き出しました。 石たちからのテレパシーによるコミュニケーションを受け取り始めたのは、まさにこの石からでした。 ふつう私はこのことを、アンビリーバブルで、もしかするとたぶん平静を失うものと見なしたでしょう。でも意識変容状態の中を通り過ぎるときに私が受け取ったコミュニケーションは、そのときは通常の状態にあったらしいのです。 現場にはほかに私たちの同行の者2名しかいなくて、社会的な適合性という重荷を多少とも背負わなくて済んだということもあったのではないかと思います。

ストーンサークルの入り口に立ったとき、右側にあった石は私を歓迎して、次のようなことを言ったのです。サークルのそれぞれの石に挨拶するように、それから中心まで進むようにと。 その「ゲート石」の指示に従い、それぞれの石に丁重に挨拶を交わしながら進んで行きました。 ストーンサークルを時計回りに進みながら、どうやらそれぞれの石たちは人間の個性と同じくらい個性的であり、みなひとつひとつ異なる雰囲気を持ってるように思えてならなかった。 北西の端まで到達したとき、私は別のコミュニケーションを受け取りました――この時は石たちの中のひとつが、ロング・メグ(1)と向かい合っている大きな石がすごくパワフルで、そこに近づいたときに私が何らかの保護を必要とするかもしれないという警告でした。 でももう何年もあいだ瞑想の日々を積んできたので、こうした保護する白色光が私を取り囲んでいる視覚化プロセスには通じていたのです。つまりこうしたパワフルな石と遭遇する以前に、既に慣れていたのです。 他の巨石の多くとは違い(午前10:00~10:30の間)、その問題となる石はサークルの中に影を落とし、その姿はたしかにパワフルさを感じました。……

(1) ロング・メグ:このストーンサークルは "Long Meg and Her Daughters(ロング・メグとその娘たち)" と名付けられている。そのなかで、長尺な石(スタンデング・ストーン)をロング・メグという。Megalithic とは巨石のこと。


これ、訳したのは忍路ストーンサークルに行ったあと、つまりこのBlogを書いたときで、前もって訳していたらちょっとは違ったかも……ということはないか。
こんど行く機会があれば、ちゃんとゲート石のある正面から入ろう。
あ、入っちゃダメだったっけ?


(4) Aigues Vives (エグ・ヴィヴ)
aigues vives

とても有名なパン屋さん。あるblogによると、「フランス帰りのご夫婦が吟味された国産小麦粉を使い、石窯でじっくり焼くこだわりのパン工房。」だそうな。
トラックの後ろにある民家がそう。でも定休日でした。(火・水が定休日)

このパン屋さん、blogでの評判もすごくいい。「ここのパンを食べて、初めてパンのおいしさを分かった」なんて書いてるのもあったくらい。
店名のエグ・ヴィヴ(Aigues Vives)というのは、フランスの南、マルセイユの西方にある町のこと、たぶん。


(5) 忍路海岸(おしょろ海岸)
忍路海岸

写真:塩谷・小樽方面を望む
バス停まで歩いてるあいだ、海と海岸線が美しかった。
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