[孤島]
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Patrick Watson "The Great Escape"
Patrick Watson (パトリック・ワトソン)は、カナダ・モントリオールのアーティスト。

以前に別のBlogで紹介したことがありましたが、Patrick Watson の曲はとても気に入ってます。 またシュールなFlashアニメやビデオクリップもセンスがあります。

http://www.patrickwatson.net/ (現在のサイト)
http://www.patrickwatson.net/index_flash.html (以前のサイト "Just Another Ordinary Day")


このビデオクリップのアニメーションも、とてもいいです。(制作者は、Alex Produk と Kathleen Weldon。)

"The Great Escape"








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テーマ:YouTube動画 - ジャンル:音楽

映画 『バベル』
「巻き込まれ型」の映画で、米国人の夫婦とその子どもたちが災難にあうだけでなく、加害者だったモロッコの少年もふくめ登場人物のすべてが苦難な目にあっている。
この映画も、原因があって結果がという単純なハリウッド的な因果律ではない。

(仏教的に)まず原因が起きて、そこに縁があって、そこで初めて結果となっている、というのが世の中だ。縁もひとつとは限らない。そして結果はまた原因になり、次の縁があってまた結果となり……、という風に連続して物語は生起し、そして他の人の物語と絡み合いながら進んでゆく。
だからモロッコの少年のように、自分の蒔いた種が自分にふりかかるときも当然ある。この映画の場合、ライフル(の授受)がひとつの縁となっていた。

いろいろと突っ込みどころはあった。たとえば、モロッコの警察は子どもがいる容疑者たちにいきなり発砲するの? とか、あと日本のシーンでは、ありえない、というのも見られた。

面白い映画かというと、日本のパートがあまり面白くなかったので、全体にはそうでもないような。
ちょっとドキュメンタリー的なカメラワークを使ったり、光過敏性発作が問題となったクラブのシーンでの照明(や音)の点滅など、けっこう操作的に人の視線(と聴覚)を捉える監督、という感じがした。
たしかに、演技は皆じょうずだった。


監督:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
脚本:ギジェルモ・アリアガ
サウンドトラックには、アラブの楽器”ウード”というのが使われてる。

Babel Babel
Gustavo Santaolalla (2006/11/21)
Concord

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テーマ:映画感想 - ジャンル:映画

猫 イン バスケット
猫 in a basket猫 on a treatment table
不安と戸惑い ― 待合室と診療台



拾ってから約4ヶ月、昨日やっと動物病院に行ってきました。
最初、病院まで運ぶのは難儀しそうなので、どうしようかと思った。
うちの猫は、暖かい日に外にでるのはわりと好きなのだけど、人に連れられて出るのはあまり好きじゃない。前にも書いたけど、抱いて外に出ようとすると、クルリと姿勢を変え、肩に乗って、それから背中越しに床に下りるという芸当をやる。とにかく、抱えられるのはできるけど、それ以降のことはなかなかやらせてもらえない。
いろいろと考えて、やっぱりキャリーは、猫を上から入れるバスケット・タイプのものにした。横から入れるタイプだと、うちの猫はたぶん入らない。下はカゴのメッシュ状のプラスチック、上は開閉できる透明プラスチックで、4千円近くした。カゴの部分をしばらく猫の領分のソファーの上に置くと、ときたまそのカゴで寝てるときもあった。

で、当日、猫をカゴに入れ、そして透明なふたをして、これで準備完了。私は動物病院にいくのは初めてなので、犬を飼ってる妹に車で連れって行ってもらった。
猫は病院に行くあいだ、そして待合室で待ってるあいだ、なんとも不安な鳴き声を上げていた。
待合室では、猫はうちの猫以外は比較的におとなしく、犬はじっとしてるものから興奮するものまで色々だった。

さて診察。もしかして暴れたり逃げたりするのでないかと思ったけど、わりとおとなしかった。
獣医さんは、歯茎の状態からして、おそらく14~15歳なのではないのかと言った。人間でいうと70台前半の歳。おばちゃん猫。いろんな猫じゃらしや100円ショップで買ったゼンマイ仕掛けのネズミなど、猫グッズで遊ぼうとしてもほとんど相手にしてくれないというのも、年のせいだったのかもしれない。
でも動作はふつうで、緩慢さは見られなく、ときに機敏。走りも軽快で、とくに屋外では速い。
ちなみに、うちの猫はキバが1本ないです。

ワクチンも5種類、打ってきました。
息がくさいのと、よくヨダレをたらすのは、細菌が歯のところに巣くってるからと言われ、抗生物質の薬をもらった。
血液検査がでるまでひと月、それともう一回ワクチンを打たないとならないので、また一ヵ月後に病院に行きす。

テーマ: - ジャンル:ペット

◆瀬尾まいこ 『温室デイズ』
この本は、4ヶ月ほど前、途中で読むのを中断したもので、また再読書。本当に途中でやめるというのは、時間の無駄ですね。読み切ったものでさえよく憶えてないところがあるのに、途中でやめた本は時間が経つとすっかり内容を忘れて、もう一回最初から読まねばならないので。
これ、江原啓之/美輪明宏が言ってる、「自殺をしてもう一度やり直そうとしても、また同じ人生を0歳からやっていかなければならない」というのに似てるかも。 余計なことですが。

さてさて、この小説の作家は、現役の中学教師です。同級生のみちると優子という、それぞれキャラクターの異なる人物の視点で語られます。同じ眼差しでものを見てる場合もあれば、お互いが相対化される視点でものを見てる場合もある。この辺が、この小説の卓れたところだと思う。そして現役教師なので、リアリティのある状況が描かれている。
荒れる学校と教師たちの無責任さのなかで、いじめにあうみちると、それを助けられないで別室登校を選んだ優子、そして小学校時代から知ってる斉藤君と瞬がからんで話は進んでいく。

読んだときはけっこういいと思ったけど、でも作者にとって都合が良すぎる部分もけっこう見られました。
例えばみちるは、学校が発展することを願い、リーダーがクラスを統率するのがいいと思ってる。(そしてそのとおりのことを公言して、いじめが始まった。) でも、リーダーがまとめるって、それは教師の願望じゃないの?と思ったり。もっと言うと、鈍過ぎるキャラクターによっていじめという状況を作る上げたのは、あまりにも作為でないの、とか。

それから、この小説はどうしてもいじめが主要なテーマになってくる。ここで作者=教師としての私見も入ってくるのは、仕方ないのかもしれないけど、それがどうも「私たち教師や学校やに任せて(それ以外の関係ない者は口出しするな)」という、TVのいじめの番組でよく見られる典型的な教師像に思えて仕方ない。
たとえば、いじめられてる子の親にも口出しさせないというもの。ふつう自分の子どもがいじめられていることに気づいたら、とうぜん親は何らかのアクションはとるもの。でもみちるの父親は、彼女がいじめられことに気づいたとき、どうして学校に対して行動を取らなかったのか、フィクションだとしても疑問に思う。もちろん星一徹みたいなガンコ親父が学校に乗り込んできたら、話そのものがぶち壊しになるという懸念もあったのだろうけど。

また心理カウンセラーやフリースクール(この小説では「学びの部屋」)に対しても、別に否定はしていないけど、冷たい。これは優子の視点から語られるものだが、そもそも優子は確信的にクラスに行くことを放棄したので、カウンセリングを受ける必要もなければ、フリースクールに行くこともないのだ。
いちおう母親に言われたから、という設定になってるけど、ちょっとフェアでない気がした。心理カウンセラーとのやりとりは、まるで電脳無能ロボットを相手にしてるみたいに、ちょっとマンガチック。
もっとも優子は、憶えたカウンセングのまねごとを、不良の瞬に対してやっていた。不良でも、いい奴と悪い奴がいて、瞬はすぐキレるけどいい奴。おまけに優子が好きだし、だからカウンセリングが(ちょっとは)効いている。
優子はいいとして、みちるの受けた心の傷はどうするのか。いや、カウンセリングが必要とかそういう話でなくて。
名残惜しい気持ちはまったくなかった。でも、晴れやかな気持ちもない。何より安堵感。そして、やっぱり心のどこかには小さな穴があいたようにむなしさを感じている。(p.201)
これは卒業式当日のみちるの気持ちだ。でも、こんなもので済むだろうか。
精神科医の斎藤学は、いじめられた経験は深刻なトラウマ後遺症を残すという。
不幸にもこんな立場(注:いじめられること)に置かれたときの、正しいふるまい方は、危険から逃れることである。それしかない。逃げずに頑張ろうとすると、屈辱が重なって人間の一番大事な部分が破壊されてしまう。自分自身を愛し、尊ぶという、これからの人生のエネルギーの源泉を枯らしてしまうことになる。(『講座 学校4』― 斎藤学「学級の中のいじめといじめられ」)

一時期本屋で横積みになっていた『教室の悪魔』の著者で心理司の山脇由貴子も、その本の中で、
マスコミの論調に、いじめに「負けないで」というメッセージを聞くことがある。けれども、いじめというのは立ち向かうに値するものでもなく、耐えるべきものでもない。被害者はとにかく逃げればよいのだ。立ち向かう意味などないし、耐える意味もない。
と述べてる。また転校も選択肢のひとつに入るが、「もしいじめが解決されて再度登校できれば、それ自体が治療的な意味を持つが、転校してしまえば、いじめ被害は心に残り続けるのだ。」とも言ってる。
しかし上記のような心理専門のカウンセラーがどうしていじめの問題に深く関わるのか、考えたら不思議な気もするけど、もう教師や教育関係者ではどうにもならないところに来ているのかもしれない。


と、ちょっと穿った見方をしたけれど、いろいろと考えさせる小説だった。
前回の青山七恵が猫文体とするなら、瀬尾まいこの文章は犬っぽい感じがする。
作者はこの続編を書くのだろうか?


温室デイズ 温室デイズ
瀬尾 まいこ (2006/07)
角川書店

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