[孤島]
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アニメ版『ゲド戦記』は天下りオンパレード
アニメ版『ゲド戦記』のDVDを見た。でも私のようなル=グウィンの原作を読んでない者には、このアニメはなんだか訳の分からない、どうしようもない物語に思えてならなかった。
もう既にこのアニメや監督の宮崎吾朗への批判が少なからずなされているけど(1)、いちおう言っとかないと。

それぞれのキャラクターの出自だけど、アレンは国王である父親を殺して逃亡の身であることは分かった。でもそれ以外の、ゲド(ハイタカ)もテナーもテルーもクモも、どこから来て何者なのかがよく分からなかった。特に原作を読んでない者にとっては、キャラクターのセッティングがあまりにも天下り的。
確かに物語の途中で、登場人物から説明がなされることもある。一例として、「テルーは小さいとき両親から虐待を受け、顔にヤケドを負って……」という風に。でもそれで済ましていいのだろうか? 例えば『天空の城ラピュタ』の場合、シータ(ラピュタ王家の姫)は確かに天から降って来たけど、シータがどこから来で何者なのかという、その謎を明かすのがストーリー構成であり、またラピュタのテーマでもあった。でもゲド戦記では、死んだと思ったはずのテルーが息を吹き返し、そして竜になって……って、テルーが竜の化身だったなんて こっちは知る由もないんだから、何事かとびっくりした。
一番キャラクターの立っているアレンについても、彼の「心の闇」が何であり、それをどうやって克服したのか、そして父親殺人の動機についても、結局理解できなかった。
それから、人の本名を口にしてはならないという習慣がある社会・共同体は多い ということを文化人類学の本で読んだことがあるが、そもそも「まことの名前」って一体なんだろうという疑問やその由来についても分からなかった。


……などと色々と疑問点の多い作品だけど、それよりも、スタジオジブリが『ゲド戦記』のDVD販促用として文庫本判のフリーペーパーを出していて、その中で中沢新一が書いたル=グウィン『ゲド戦記』の文化人類学的視点からみた読み解きがとても面白かった。そして『ゲド戦記』が相当に興味深い物語だとは知らなかった。絶対読まないと。

中沢によると、アーシュラ・K・ル=グウィンの父親は文化人類学なのでその影響が大きく、また『ゲド戦記』のそれぞれの巻が、その当時の時代思想によって影響を受けているとされる。
この頃の時代背景を考えてみると、アメリカの人類学者カルロス・カスタネダの存在が、ル=グウィンに影響を与えたことは考えれますね。
カスタネダといえば、やはりメキシコ・トルテックのドン・ルイス・ミゲルですね。(ちょっと強引ですが) それで、原作を読んでないので、この中沢新一の記述とルイス・ミゲルとの共通点について書こう……と思っていたけど、ちょっと時間がないので、また次回に。

(1) 例えば、宮台.com Blog
「感情のポリティクス」が横行する背景に、「セカイ系」の人々が量産される現実があることを書きました  2006-08-25
http://www.miyadai.com/index.php?itemid=392

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ゲド戦記 ゲド戦記
宮崎吾朗 (2007/07/04)
ブエナ ビスタ ホーム エンターテイメント

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